私とコンピューター
 
私は、いわば、コンピューター好き人間である。今では当たり前のようにパソコンが使われており、私も主にMacを使っている。そして、どちらかと言えば、プログラムを作ることに関心があり、得意としている。今、過去の自分を反省するために記憶を辿り、経験した事を整理してみる事にした。

マイコンとの出会い
1978年、6月、私は、T.I.のプログラム電卓を探す為に秋葉原に向かった。当時、雑誌に載っていた物だが、この種のものに強い関心を抱いており、5万円程のものだが、どうしても手に入れたかった。秋葉原のどこで売っているか確認もしないでで取り敢えず総武線のガード下の電機部品街をうろうろしている時にある店でマイコン(ワンボードコンピューター)なるものが目に入った。それがEX80だった。

EX80購入
それは東芝製の組み立てキットで、CPUはインテルの8080で、ボード上に16進数入力用のテンキーがあり、1列のLEDディスプレイが配置されるものですあつた。電源は、5ボルト、12ボルトを出力するものを使用。どうせやるならコンピータの方が面白いと思い、すぐ買ってしまった。家に帰って、CMOSの静電気破壊に注意しながら慎重にハンダ付けを行い組み立てた。完成品のスイッチオン。1回目はダメで、ハンダ付けを修正し、2〜3回でLEDディスプレイが説明書通りに点いた。一通り、動作確認を行って問題がないことが分かった。説明書を見て、コンピューターがどのように動くのか理解した。しかし、プログラムの概念は分かってもすぐには組めない。すぐにサンプルプログラムを入力して動きを試してみた。動作確認は出来た。
EX80は、機械語で動かすため、機械語の命令を16進数のバイナリーデータに変換してそれを入力する必要がある。基本的に機械語が分からなければ動かせない。もっとも、やっていることはBASICなどと同じようなもので、CPUのレジスタにデータを出し入れし、演算させたりする。BASICの様な曖昧さは許されないが基本的な考え方は同じ。
雑誌ではNECのTK80のプログラムのダンプリストが主に載っており、当然、EX80では動かないことが多く、EX80用に修正する必要があつた。基本的にI/O関係の違いだ。機械語の命令と、バイナリーコードの変換表を見ながらやるのは大変だった。データの読み書きはカセットテープレコーダーを使った。暫く過ぎて、BASICが動かせるEX80BSのキット(ロジックボードとキーボードのセット)が発売されて、早速購入し、前のボードと2段重ねにして使った。RFモジユレーターで安物のテレビにつなぎ、機械語が分からない人でも、どうにかプログラムが組み易い状態になった。プログラムの保存は相変わらずカセットテープレコーダーだ。カラーは無し、音も出ないがそれが当たり前だった。その頃の私にとってはBASICは馴染み易く、すぐにプログラムが組めた。実は大学の時に夏休みの講習で同じようなプログラム言語に触れた経験があった。ところで、そのEX80だが、家の中を探してみたが、どこにあるのか現在、見つかっていない。多分、部屋の隅にでも有るのではないかと思うが。当時の
記憶が完全でないので多少思い違いがあるかもしれない。なにしろ30年以上前の事だから。
 
パソコンへAPPLE IIステップアップ
         
写真は現在所有して
            いるAPPLE IIe
   






APPLE II 購入
EX80を使い始めてから1年程過ぎたある日、秋葉原の角田ビルにある東芝のブースでEX80の拡張部品を見て、買うかどうか迷っていた。値段が4万円程度するのものも原因の1つだが。帰りに、なんとはなしに駅前のラジオ会館に行き、(5階だったと思うが)、富士音響でAPPLE IIを目にした。(いわゆるパソコンであるが、当時、私にとってパソコンという呼称に馴染みが薄かった)。それはフロッピーディスクがつながれ、ゲームが走っていた。また、パドルと呼ばれるコントローラが付属し、ゲームの操作に使えた。
初期のゲームは完成度が低いが、それでも、EX80とは格段の差があるように感じた。EX80をこのまま続けて、結局、止めることになった場合、出費が無駄になると思い、後戻りが出来にくくなる前に止めるのがベターだと思った。凄い値段だが、無駄にはならないだろうと思い、APPLE  IIを買うことに決めた。APPLE IIのセットと10K BASICガードを合わせて55万円程かかつた。当時は秋葉原に行かなければコンピューター、周辺機器、ソフトは手に入らず、栃木の田舎では全く無縁のものであり、周りの人でコンピューターに手を出している人は皆無であった。話題にすら出ない状態で、恐らく、こんな事をしているのは私だけだろうと思った。
APPLE IIは、BASIC、機械語共に扱いやすく、フロッピーディスクが使えるため、かなり便利であった。私の場合、初めはゲームをかなりやったが、同時にBASICでのプログラム作りなどをやったりしていた。しかし、店でやっているデモのグラフィックを見る度に欲しくなった。売っている筈もないので、なんとか自分で同じ物を作ってみたいと思うようになったりもした。(デモの内容にもよりますけどね)。
高速のグラフィックをやるには機械語で書く必要があり、アセンブラソフトを入手する事が出来たので機械語で組むことに決めた。とにかく、機械語をバイナリーに変換するのに時間をかけたくなかった。かなり後でBASICコンパイラが出て、BASICインタープリタの3、4倍程度の速さにすることも可能になったが、機械語でプログラムを組めば桁違いである。ハードウェアの説明書を調べ、グラフィック関係を理解して、なんとかデモと同じようなものヵ出来るようになってきた。もっとも、肝心な部分を機械語で作り、あまり速さに関係無い部分はBASICで作って、機械語のルーチンをBASICからCALLすることも多かった。ところで、前述のBASICコンパイラだが、BASICインタープリタよりも変数、領域の設定に注意する必要があるが、かなり面白い。
余談ではあるが、APPLE IIを買った頃、ATARI社のATARI800というパソコンのデモを見たことがあるが、このパソコンはかなり高性能で先進的であり、買うかどうか迷ったものである。
続きは次回